太田屋の歴史

明治40年 太田染物店創業 太田留作
昭和25年 太田屋創業   太田利治

仕事場に藍瓶が並び、
ひき糠を燃料とし一年中火を絶やす事のない染め場が広がっていた。

当時、お得意先が多く
営業活動は初代社長「太田 留作」氏が東京の日本橋まで出向いていた。
出張に出た留作氏は大型百貨店で洋服、本、玩具等をお土産として買ってきていた。

昭和25年
終戦後、二代目「太田利治」氏は目まぐるしく変化する
染物業界の中で世の中が和から洋に変わりゆく様を感じていた。

和服の染物をする傍ら、
広い敷地を利用しクリーニング事業を始め
次々と珍しい機械を導入し設備を充実させた。

住み込みで見習いをする若者を常時15〜20名位雇い入れ、
家の中が活気づいていた。

その後、大手クリーニング会社と提携し業務を拡大した。
提携してもなお、のれんや法被、神社幕にいたるまで太田屋としての技術や伝統は存在し、世の人々に愛され続けている。